私が手書きにこだわる理由

ライティングの仕事をやっている私ですが、実は手書きの方が好きです。

私の子供の頃の動画はもう見れない

私の実家には、私が子供の頃の写真があります。昔は動画もあったんです。

現在残っているのは写真だけですが、もしあったとしても、それはもう再生することはないし、そもそもできません。

写真よりも動画の方が臨場感があって、動くのでわかりやすいという意見もありますが、その動画を再生するのには何かしら道具が必要ですよね。

一方写真は撮ってプリントしてしまえば、あとは燃えたりボロボロになったりでもしない限りなくなることはありません。

私の子供の頃の動画はVHSの小さいテープに収められていて、VHSのデッキと、それを再生する道具がなければ再生できませんが、そのデッキは既になく、どの企業も製造もしていません。

カセットテープを知らない若い人が、古い車のラジカセ部分にスマホを突っ込んだという逸話がありますが、恐らくVHSデッキを見せたらタブレットでも突っ込まれるのかなと思っています。

私が妊娠中に主人が会社の人から子供の動画を撮るためにビデオカメラを買った方がいいというアドバイスをもらってきたことがありましたが、私は却下しました。

その動画は子供が大人になった時に、既に見れなくなる可能性もあったからです。

数年後程度の未来なら、タブレットやパソコンでも間に合いますが、何十年後は保証できません。

DVDが出たと思ったら、ブルーレイが出てきた。

大人の感覚で言うとかなりあっという間の期間に感じます。

筆不精でも何かしら書いた方がいい

パソコンなどは確かに紙よりも嵩張ることなく、たくさんのデータを保存することができます。

現在スマホがとても大きな存在になっていて、なんでもスマホでこなせてしまう世の中ですが、少し前はガラケーがあって。

スマホよりも制限があったし、その前はワープロでした。

だけどワープロを使う人は今や少数派です。

これからあと、どんなものが出てくるかはわかりませんが、極端にいうと100年後、パソコンやサーバーなどなどに残したデータは見ることができるのでしょうか。

先日私はeditノートを買いました。

出来るだけ丈夫なものが良くて、表紙がしっかりした日本製のものにしたのですが、このノートはできるだけ先まで残って欲しいなと思って書いています。

中身はその日目についたニュースを書いていて、現在はコロナのニュースが圧倒的に多い状態です。

新聞が読まれなくなって久しいですが、そのうち新聞だってデータだけになるかもしれません。

じゃあ、100年後や200年後、現在のニュースが知りたい人がいたら、何を見るのでしょうか。

昔の歴史の話は偉い人たちが自分の権力を示そうとして話を盛ったり嘘を書いたり、その後の権力者によって書き換えられたりということがよくあります。

これがロマンという人もいますが、本当のことを知りたい人もいるわけで。平安時代は華やかに見えるけど、裏側は全然そうじゃないし。

そうなった時にそこら辺の主婦である私が書いた日記やニュースは、塗り替えられることなくそのまま保てるんじゃないかなと思います。

ごく普通の庶民の日常として、歴史書になりますよね。

惜しむらくは、人口減少の止まらない日本の日本語で書いているので、読める人そのものが減っていることなのですが。

でもヒエログリフが昔読めなかったように、古代の文字として見られるのも面白いのかなと思っています。

まとめ

コーヒーの記事よりも長い私の手書きのこだわりでしたが、この考えを持ちながらなんだかんだ10年近く間を開けながらも続けています。

きっかけは120年前のイギリスの手帳を見たことがきっかけですが、みんな違う生活をそれぞれしていますから、みんなで書けばそれぞれ違う日記や手帳になって、2020年の暮らしぶりがどんなものだったのかわかりやすくなりますよね。

昔はお金持ちしか文字は書けませんでしたから、そう考えるととても恵まれた状態でもあるなと思います。

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